2015年04月20日

愛の連鎖〜宇宙の存在する理由

愛を受け止めるとは
感謝すること

米粒一粒にも心の中で手を合わせ
「ありがとう」と言いながら食べなさい

その感謝の言葉によってはじめて
愛はあなたの中でいのちとなる

あなたは愛によって生かされているのです

そして
あなたの感謝の言葉は相手にも
愛として届き
相手に命を与えます

その愛の連鎖こそが
この宇宙の存在する理由なのです

足元に転がる石ころひとつにも
愛はあります

世界


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2015年04月08日

離婚することは悪いことではない

剣の6

離婚することは悪いことではないと思います。

離婚に罪悪を感じること自体が既に時代遅れなのかもしれませんけどね。だとしたら今さら私が「悪いことではない」なんて偉そうに言う必要もないのかもしれませんが……。

結婚なんて所詮は書類による手続きにすぎません。離婚するのも同様。お互いが同意の上で好きにすればよいのです。

ただし、結婚する時に「一生の愛」とか「永遠の愛」とやらを神の前で誓ったりしているのなら、離婚することは悪いことになります。なぜなら、嘘をつくことになるからです。しかも神に対して嘘をつくことになるわけですから大罪ですね。何のお咎めも無しというわけにはいかないでしょう。必ず何らかの罰を受けることになります。人は何も言わなかったとしても、神様はお怒りでしょうから天罰は下ります。

だいたい今の人たちは「結婚式を挙げたくて結婚する」というような人も多いでしょう。純白のウェディングドレス、かわいい教会、指輪の交換、誓いのキッス……憧れ要素満載で、人生の一大イベントです。

タロットカード: カップの7

世の中には結婚すらせずに(同性婚とか法律上は正式に結婚できない事情などがあって)結婚式だけを挙げてしまうようなカップルもいるほどです。そういうセレモニー(お祭り)が好きなんでしょうね。

いいんですよ。結婚式を挙げるのも自由。でも、どうせ離婚をするのなら、決して「一生の愛」とか「永遠の愛」なんてものを誓ってはなりません。誓うのなら「たぶん三、四年で離婚しますが」という条件付きの愛の誓いにとどめておくべきでしょう。そうすれば離婚するときに罪悪感で悩むこともなくなります。神様も「それなら仕方がない」と許してくれるでしょう。

実は、人間ってのは本能的に三、四年程度しか恋愛感情が持続しない生き物なのだそうです。だから、付き合ってすぐ結婚したような夫婦の場合は三、四年経つと気持ちが冷めて離婚したくなるのです。

気持ちが冷めたから離婚してしまうというのは、お互いに愛し合っていたわけではないということですね。恋愛という「感情Cups)」に振り回されていただけにすぎません。

タロットカード: カップのエース

愛とは感情ではありません。表現の仕方は無数にありますが、あえて感情と対になる言葉で定義するならば、それは「感覚Pentacles)」です。相手の存在がそこに「在る」と認めること。その相手を「生かす」こと。それが愛です。愛は三、四年でなくなることはありません。相手が存在し続ける限り、愛もまた永遠にそこに在り続けます。感覚が麻痺して感じ取れなくなっていたとしても、それは常にそこに在るのです。

タロットカード: ペンタクルスのエース

愛するとは、その愛を感じ取ることです。それは「本能Wands)」とは無関係です。人間の「理性Swords)」がもたらすものと言ってもよいでしょう。たとえ忘れかけていても、意識すればいつでも思い出すことができます。永遠の愛を誓うというのは、そういう気持ちを意識的に持ち続けるということです。一時的な恋愛感情が覚めたとしても、愛し続けることはできるのです。

しかし、人はそれを勘違いして、恋愛感情が覚めたら「愛もなくなった」と考えてしまうのでしょう。もうその時点で離婚せずにはいられなくなってしまうのではないでしょうか。

人間はとかく本能に身を任せ、理性を見失いがちです。人は古来からそのような怠惰な本質を理解していたからこそ、結婚式を挙げ、神の前で愛を誓わせ、簡単には離婚できないようにしたのではないでしょうか。そうしなければ人々は感情のままに結婚と離婚を繰り返し、社会の秩序を保つことができなくなってしまうでしょう。

タロットカード: ペンタクルスの10

男と女は結婚し夫婦となり、子を産み、家族を作ります。そこに社会の基盤ができ、国家へと成長してゆく。平和な国づくりのためには家族という最小単位の社会をまず何より強固にしなければなりません。結婚式はそのために絶対に必要な儀式だったのです。

タロットカード: X 法王

崇拝する神が存在することは、国を強くすることでもあったわけです。日本古来の神道の本質もそこにあったはずです。

しかし、現代の日本では(いや欧米でも同様かもしれませんが)何が起きているのか?

個人主義的な価値観が尊重され、夫婦は家族である以前に一人の人間であるという意識が高まってきています。家族(他人)の幸せよりも自分の幸せが優先されるようになってきたのです。

タロットカード: T 魔術師

そして、神や宗教といった意識もどんどん薄れてきています。神に対する誓いなどには意味はなく、単なる形式でしかなくなってしまっています。そのことに罪悪すら感じません。

でも華やかな結婚式には憧れる。結婚式を挙げたいという、ただそれだけのための結婚にすらなってしまっている。結婚式という夢を叶えてしまったら、その後のことなど考えていないので愛を育む努力などせず、気持ちが覚めたら離婚するだけ。

タロットカード: カップの8

家族という国を支える基盤が崩壊してしまったら、その国は弱まり、やがては滅びることになるでしょう。

タロットカード: ペンタクルスの5

つまり、この国は今、滅びに向かっているということです。人が受けなければならない罰というのはそういうことなのかもしれません。

それでもよければ、離婚なさい。

離婚することは、悪いことではありませんから。

愛することを忘れた国など滅んで当然です。


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2015年03月23日

ほどけた靴ひも

ほどけた靴ひも

ふと気づくと靴ひもがほどけていました。

結んだ紐はどんなにきつく縛っておいてもいつの間にかに自然と緩んでいて、ある日スルッとほどけてしまいます。

だから時々きつく縛りなおしてやらなければなりません。

日々の生活、何事においても同じだと思いますけどね。


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タグ:靴紐
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2015年02月24日

死ぬと分かっているのに生きる理由は何ですか?

「死ぬと分かっているのに生きる理由は何ですか?」

死神

生きる意味を見失って悩み苦しみ、自殺まで考えてしまう人もいます。

なぜ悩むのか?

それは、生きるということがただ「生命を維持する」という意味でしかないと学んできたからかもしれませんね。学校で生物や化学の授業などをまじめに勉強していた優等生ほど悩んでしまうかもしれません。

「生きる」とは「息をする」が語源とも言われています。呼吸を止めたら死にます。

酸素を取り込み体内で化学反応を起こし、熱や電気エネルギーなどを作り出して運動したり、神経伝達物質を活性化して脳で思考したりします。

口から食物を取り込み、胃酸で溶かして腸で吸収し、筋肉や骨を作ります。

生命を維持するとはそういうことであり、化学的にはそんな考え方になるでしょう。

生物学的な考え方をすればもう一歩踏み込んで「生殖」が出てくるでしょう。そこまで考えると生きる意味が少しだけ見えてきます。次の世代へ命を受け継ぐこと。それが生きることだと分かってくるのです。

さらに動物学や社会学的な考え方まで広げれば、子孫繁栄のためには外敵から身を護ったりするために仲間同士で助け合ったりする必要があることがわかってくるでしょう。場合によっては自分の身を犠牲にして命を懸けて仲間を守ることもあります。

ここまで来てやっと、生きることが自分のためだけではないということに気付くことができるでしょう。

この世の生命は全てこの法則にしたがって生きているはずです。だから、悩む必要などないのです。

ところが、なぜ人は生きる意味を見失い、悩んでしまうのでしょう?

それは、人が高度な文明と知性を身に着けてしまったがゆえに、本能的な生命としての役割を見失ってしまうほどの「欲望」に取り憑かれてしまったからではないでしょうか。エデンの園で禁断の果実を食べてしまったイブとアダムのように。

恋人

人間は他の動物と違って生殖活動によって種を維持するだけのために生きているわけではありません。様々な社会的な営みがあり、子育てが終わると人それぞれの生き甲斐を見出してゆくことになります。独身で生涯を過ごす人もいます。

そんな人生の中で生きがいを見出すために、様々な欲望が生まれてきます。

美味しい物を食べたい、いろんなものを見たい、刺激的な音楽を聴きたい、整形して美しくなりたい、快楽におぼれたい、お金持ちになりたい、世界を征服したい、癒されたい……

カップの7

それらの欲望を満たすためには生き続けなければなりません。欲望に取りつかれた人にとっては死んでしまったら生きる意味がないと感じてしまうでしょう。

でも、それらの欲望は、どれもこれも「自分のため」でしかありません。自分が幸せになることしか考えていないのです。

幸せとか幸福といったものこそが人の生きる意味だと教えられてきた人もいることでしょう。特に宗教を軽視しがちな日本の社会では漠然とした「幸福感」のようなものが宗教の代わりに人々の心の支えとなっていたりします。

世の中にはびこる「幸福論」のほとんどが「どうすれば欲望を満たすことができるか」を教える「効率の良い生き方論」にすぎなかったりします。考えているのはいつも「自分の幸せ」のことだけです。

しかし、自分の幸せをどんなに求めても、誰も幸せにはなれないでしょう。

幸せとは何か? 嬉しいとか楽しいとか、そういうポジティブな気持ちになれることが幸せだと考えているかもしれません。そんな気持ちにさせてくれるのが「欲望を満たすこと」だったりするのでしょう。

だから人は、自分が望むことをする=欲望を満たすことこそ幸福なのだと考えてしまうのです。

そして、ある時ふと我に返ります。

こんなに一生懸命になって自分の欲望を満たすために生きているのに、それによって成し遂げられた全て、何もかもが死んでしまったら無意味になってしまう。わずか数十年しかない人生の快楽のために必死になっている自分がばかばかしくなってしまう。

全ては無意味ではないか?

その通りです。自分の欲望を満たすために生きたところで無意味なのです。だから死にたくなるほどの虚しさを感じるのです。

最初から生きる意味はそこにはないのです。

人間的な欲望を捨て去り、本来の生命としての自分という存在に気付くことができれば、生きる意味も思い出し、まるで太陽の輝きのような力強い生命力がみなぎってくることでしょう。

太陽

あなたの命の輝きは、周りの命も輝かせることができます。

あなたは自分のために生きているわけではありません。

あなたは人のために生きているのです。

人を愛するために生きているのです。

あなたが死んでも、あなたの生命の輝きを受け継いだ人々は生き続け、新たな生命を育んでゆくことでしょう。

「死ぬと分かっているのに生きる理由は何ですか?」

そんなことで悩むことは、もうありませんよね。


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posted by アポロ at 19:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | スピリチュアル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年02月01日

悪口を言うのなら覚悟しておきなさい

今まであなたが言った他人の悪口は全て自分に返ってくると思いなさい。

例えば会話のはずみでつい誰かの悪口を言ったとしましょう。

あなたから悪口を聴いた相手は、いずれあなたの悪口を別の人に言うでしょう。

『あの人は他人の悪口ばかり言ってるよ』

あなたは自分が言った悪口の数だけ、自分も同じように悪口を言われるのです。

悪口を言うのなら覚悟しておきなさい。

あなたは、自分が言った悪口の数だけ、悪口を言われ続けるのです。

死ぬまでずっと。

ストレス解消のつもりで悪口を言うのは、その時だけは気分がいいかもしれませんが、その一言が周りの人を不愉快な気分にさせ、やがては自分も不幸にするのです。

だれ一人、幸せにはなりません。

悪口ほど重い罪はないでしょう。


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タグ:悪口 陰口
posted by アポロ at 23:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | ハミング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする