2012年02月29日

正しい占い師の在り方

オセロ中島

オセロ中島さんのニュース記事は毎日必ず目に止まります。おそらくテレビのワイドショー的な情報番組などでも頻繁に取り上げられているのでしょう。キーワードに「オセロ中島 占い師」を入れておけば視聴率(あるいはアクセス数)が取れるとすら言われていますね。

そういう私もその騒ぎに便乗するような記事を書くことになるわけですが、世間が注目しているのなら、占い師である私がそれに言及しないわけにもいかないでしょう。

つい先日のスティッカムでのライブ配信(録画はこちら)でも訪問者との雑談の中でこんなことを質問されました。

「最近話題の、オセロの中島さんの占い師は本物でしょうかねぇ?」

そんなことを唐突に聞いて回る人が普通にいるほど世間ではよく話題になっているニュースなんでしょうね。

だいたい、私は渦中の中島さんに取りいていると言われている占い師のことなど何も知りません。いくら私が占い師だからと言っても答えようがない質問です。

でもまあ、あえて答えるならば「本物です」ということにしておきました。本人が占い師だと自称しているのなら占い師ということでいいんじゃないですか。ここで言う「本物」は、「占い師か、占い師ではないか」という程度の意味でしかありませんが。

そもそも「本物の占い師」とは何でしょうか? 私は逆に訪問者に問いかけてみました。

「人の心をつかみ、人を明るい道に導くことができる方」

そう答えが返ってきました。

もしそうだとしたら、中島さんに取りついている占い師は、やはり「本物」と言えるのかもしれません。その占い師は中島さんの心をしっかりとつかみ、他人がどう思おうとも少なくとも中島さんにとっては明るいと言える道に導いているのかもしれないのです。

しかし、私はたとえそれが「本物」と言えるものであったとしても、「正しい占い師の在り方」だとは思いません。

占い師は人の心をつかもうなどと考えるべきではありません。そして、たとえその先に光があろうとも、占い師の個人的な判断でそれをよしとして、そちらへ導こうなどと考えるべきでもありません。もしそんなことをしてしまえば、それはもう占い師ではなく、宗教的な指導者カリスマ的支配者ということになるでしょう。

それがどんなに危険なことかは、私たちは過去に起きた様々な事件から学んできたはずです。中島知子さんはその被害者の一人ということになるわけです。

そんな風に考えを巡らせてみると、中島さんに取り憑いていた占い師というのは(本物の)占い師ではなく、宗教家か支配者か何かであったというべきかもしれません。

そういう占い師と同じだと思われるのは、私としてはあまり気分の良いものではありませんね。

もう一度、私の言葉で「本物の占い師」とは何かを言い換えるのならば、こういいましょう。

「人を突き放し、決して導かず、目の前の占い結果に示された事実のみを嘘偽りなく淡々と伝える者」

それが、占い師です。

私は、そういう占い師で在りたいと思っています。

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2012年01月06日

予言は実現する

予言というものは、その言葉どおり、あらかじめ言うことであるとするならば、そこそこ実現するものだと思います。

何も言わないよりは、言ってしまった方が実現する可能性が高まるのではないでしょうか。「そうなってほしい」という願望があるならば、そうなるように無意識のうちに行動するようになるのでしょう。あるいは、「そうなるかもしれない」と暗示をかけてしまうと、やはりそうなるように行動してしまうものです。

占いなどが「よく当たる」といわれるのは、予め言うことによって、それが当たるように行動するからですね。

ただし、その予言が確実に実現するとは言い切れず、「そこそこ」としか言えないのも同様の理由があるのです。

予め言うことによって、「そうなってほしくない」と思うことは避けようと思うでしょう。だから、その人が望まないことは実現しにくいのだと思います。当然占いも外れます。

つまり、この法則が正しければ、予言というのは、その内容の良し悪しにかかわらず、人の願望の実現を手助けしていることになります。それは、人を幸福にするということなのかもしれません。

有言実行、それすなわち幸福への近道ということですね。

とりあえず、占い師のところにでも言って予言してもらうのがいいですよ。

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タグ:予言 占い
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2011年12月26日

来年の運勢は来年になってから占いましょう

今年もあと数日で終わり。新しい年が来るかと思うと、つい気になって来年のことを占いたくなってしまう人もいるでしょう。

でもね、来年のことは年が明けてから占った方がいいと思いますよ。

お正月は初詣なんかに行っておみくじを引いたりするかと思いますが、占いというのはそういうもので、やっぱり一年の始まりに占う方が縁起がいいと思います。

もちろん来年のことであっも、例えば試験に合格しますかとか、恋人ができますかとか、そんな感じで占うのは問題はないと思います。縁起とか気にすることなくどんどん占ってください。

ただ、「今年一年」という感じで、その年の運勢みたいなものを占うような時には、占うことよりも縁起を担ぐことの方が重要だと思うので、正月に占うのがよいのだと思います。

来年のことを言うと鬼が笑うなどとも言いますが、占いも同じですね。

年の瀬には来年のことよりも、まず今年一年をしっかりと振り返って、よく反省をしましょう。そして、きっちりと気持ちの整理をして、新年を迎える準備をしましょう。

より良い未来へ向かうためには、過去を振り返っておくことも大切なことです。

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2011年08月28日

Facebook の恋を成功させる方法

フェイスブックは実名のSNSということで、登録してみてまずすることは、昔の同級生を探してみたりとか、別れた恋人の名前を検索してみたりとか……。そんな感じで疎遠になっていた人との交流が再開したなんていうエピソードはよく見聞きしますね。

今回の相談者もフェイスブックを始めてみたところ、幸いなことに、かつて好きだった人のプロフィールを発見したそうです。しかし、期待に胸ふくらませてメッセージを送ってみたものの……。

Aさん > こんにちは。 (14:06)

Aさん > 占っていただけますか? (14:08)

アポロ > こんにちは。 (14:08)

アポロ > 何を占いますか。 (14:09)

Aさん > 3か月ぐらい前にフェイスブックに登録したんですが、 (14:10)

Aさん > その時フェイスブックで、5年ぐらい前に心底大好きだった人のプロフィールを発見して、つい最近友達リクエストを送りました。 (14:10)

アポロ > はい。 (14:11)

Aさん > その人には5年ぐらい前にやんわりと手紙を通じて告白はしています。 (14:12)

アポロ > はい (14:13)

Aさん > でも、結局告白の返事も聞けずに会えなくなってしまいました。まぁたぶん振られたということだと思います。 (14:14)

アポロ > はい。 (14:14)

Aさん > でもフェイスブックでプロフィールを発見し、偶然を装って「もしよかったら」みたいな感じでリクエストしたら、友達登録してくれたんです! (14:16)

アポロ > うん (14:16)

Aさん > 嬉しくて、でもあくまでも冷静に他愛もない話みたいな感じでメッセージを送ったんですけど、メッセージに対する返事が一切返ってこないんです。 (14:17)

Aさん > つまり、友達登録をしてくれたっきり。ということです。 (14:18)

アポロ > はい。 (14:18)

Aさん > メッセージにも、質問系の言葉も書いたりしたので、返事がくるかなと期待していたのですが、全くありませんでした。 (14:19)

アポロ > はい。 (14:20)

Aさん > 一体、その人は今、私に対してどういう気持ちを持っているのでしょうか? (14:21)

アポロ > その人の気持ちね。 (14:21)

アポロ > その人の名前を教えてください。 (14:22)

Aさん > はい。さんです。 (14:22)

アポロ > では、占ってみましょう。 (14:23)

アポロ > カードを一枚めくります。 (14:23)

Aさん > はい。 (14:24)

アポロ > 「棒の3」が出ました。
(14:24)

アポロ > 何が見えますか。 (14:24)

Aさん > 棒・・・と後ろ向きの人ですね。。 (14:25)

アポロ > はい。 (14:26)

アポロ > 後ろ向きの人はさんです。 (14:26)

アポロ > その人は何を見ていますか。 (14:26)

Aさん > 残念ながら向こうを見ていますねw (14:27)

アポロ > 残念とは? (14:28)

アポロ > 向こうに何があるんですか。 (14:28)

Aさん > 私のことは関心がないという意味かなぁと思いまして。 (14:29)

アポロ > 意味を聞いてるわけではなくて、 (14:29)

アポロ > 向こうに見える物が何かということなんですが。 (14:29)

Aさん > 海?ですか? (14:31)

アポロ > そうですね。 (14:31)

アポロ > 他には何か見えますか。 (14:31)

Aさん > ちょっと見にくくてすみません。 (14:32)

アポロ > そうです。 (14:33)

アポロ > 見にくいんです。 (14:33)

Aさん > 海以外よく分からないです。 (14:33)

アポロ > さんも、どこか遠くにいるさんから連絡をもらっても、さんのことがよく見えないので、どう対処したらいいのかわからずにいます。 (14:34)

アポロ > このカードに描かれているそのままの心境でしょうね。 (14:34)

アポロ > 遠くの海に浮かぶ小さな船を眺めているような気持ちです。 (14:35)

Aさん > う〜ん、では何故友達登録をしてくれたのか・・・ちょっと不思議ですね。 (14:36)

アポロ > 不思議でもなんでもありません。 (14:37)

アポロ > さんは何か特別な意味があると思いたいのでしょう。 (14:37)

アポロ > 申し込まれたら誰でも構わず承認するという人は良くいます。 (14:38)

アポロ > ごく普通のことですね。 (14:38)

Aさん > いえいえ、そういうわけでもなかったんですが。まぁ心の広い人ですからね。 (14:39)

アポロ > フェイスブックとはその名の通り、顔を突き合わせたコミュニケーションの場と考えるといいでしょう。 (14:39)

アポロ > 顔の見えない相手とは付き合いづらいと感じるのも当然ではないでしょうか。 (14:39)

アポロ > 友だち登録したのなら、相手に直接メッセージを送るのではなく、 (14:40)

アポロ > まず自分のプロフィールに顔写真をしっかりと載せ、 (14:40)

アポロ > 自分のウォールに日常のことを頻繁に書き込み、 (14:40)

アポロ > そして、相手のウォールに「いいね!」したりコメントをしたりして、自分から積極的にコミュニケーションをする。 (14:41)

アポロ > そうやってコミュニケーションをとっていれば、 (14:41)

アポロ > 自分のウォールに書いた内容がさんのニュースフィードに表示されるようになり、 (14:42)

アポロ > 自然とさんの事が気になるようになります。 (14:42)

アポロ > いずれはさんのウォールに「いいね!」してくれたりコメントを残してくれるようになるでしょう。 (14:42)

アポロ > そうやって、「当たり前」のコミュニケーションを地道に積み重ねていくべきなのです。 (14:42)

アポロ > いきなりメッセージを送って返事をよこせと言う態度はあまりに横暴ですよね。 (14:43)

アポロ > 「当たり前」のことを地道にする。それが一番です。 (14:43)

Aさん > そうですよね。ちょっと頑張ってみます。 (14:45)

アポロ > 何か特別なことや不思議なことを期待しすぎてやしませんか。 (14:45)

アポロ > 頑張ってください。 (14:45)

Aさん > どうもありがとうございました! (14:45)

フェイスブックなどのSNSをやっていて、どこの誰ともわからぬ人から突然メッセージをもらっても、誰だってどのような返事をしたらいいのかわからなくて戸惑ってしまうでしょう。

たとえ5年前に付き合いのある人であったとしても、その5年の間にはお互いにいろいろあるわけで、必ずしも相手も自分と同じ気持ちでいるとは限りません。まずは、じっくりとお互いの気持ちのギャップを埋める作業をしてください。

SNSはコミュニケーションの場がネット上にあるというだけであって、現実の人間関係と同じものだということは忘れてはならないと思います。SNSや仮想空間には何か不思議な力が働いているなどと期待せず、現実同様に、地道に人間関係を築く努力をしなければならないのです。

人と関わるということは、どこの世界に行ってもめんどくさいことです。

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2011年08月26日

幽霊を見るぞ!

まだ幽霊というものを見たことがないのですが、もし本当にこの世に幽霊が存在するのなら必ず見ることができるはずです。

なのになぜみんな「見た!(かもしれない)」という噂話ばかりで本当に見たという話は少ないんでしょうね。

どうも、世間で盛り上がってる話題にしては明らかにウソってこともバレバレなような気もするのですが、本当なら本当ってことで本気でその存在を証明すべきだと思うんですよね。

というわけで、私の今の課題は、

幽霊を見るぞ!

であります。

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2011年06月10日

宝くじの当選金額をタロット占いで当てることはできるか?

宝くじで当てた金額を占いで当ててみろと言うお客さん。それで私の占いのスキルがどの程度か確かめたいとか何とか……。

どんなことでも占えと言われれば占いますが、そもそも占いは占いでしかないので当てることはできません

お客さんには占いの前にはっきりとそう説明したのですが、とにかく占えというので占ってみました。

未知の数字を当てるための占いというのはほとんどやったことがないのでどうやって占おうかと悩みましたが、最高金額が億単位ということで、九桁以下の数字であると想定して占ってみることにしました。

七十八枚すべてのカードを使いますが、その中で大アルカナは二十二枚。大アルカナにも数字は割り振られていますが、今回の占いでは全て「ゼロ」とみなすことにしました。小アルカナについては、人物カードと数字カードの10を「ゼロ」とみなし、それ以外の1から9までの数字カードはそのままの数値とみなすことにしました。

この方法で占った結果は15067円でした。お客さんに当たったかどうかと聞いてみれば、当然ながら答えは「当たってない」です。当たるわけがありません。占いなのですから。

しかし、そのお客さんは占い結果が外れていたとわかると、さっそく「インチキだ」とか言いはじめました。信ぴょう性がない、こんなでたらめな占いでは意味がない、人を惑わすだけで迷惑だなどと言っています。さらには、私の占いで被害にあった人を知っている、占いなんか辞めてしまえとすら言います。

つまり、このお客さんは最初から当てることなどできないとわかっている質問で占わせて、当たらないことを証明して「インチキだ」といって私を困らせるつもりで来たのでしょう。

ところが、占う前から私の方から「当たらない」と言ってしまったのですから、そのお客さんはさぞや当てが外れて困ったことでしょうね。「当たる」と主張する占い師でなければ「インチキだ」と責め立てることなどできないのですから。

ともかく、私は占う前に「占いは当たらない」と説明した上で、それを承諾してもらった上で占ったわけですから、占いが外れていたことでインチキだなどと言われる筋合いはありません。私は占い師として、自分のなすべき仕事をしただけのことです。

そもそも占いとは、通常の手段では知ることのできない事柄について「占ってみる」だけのものであって、最初から答えがわかっている宝くじの当選金額を占うこと自体無意味です。今回はお客さんが(当たらないとわかっていても)どうしても占ってほしいと言うので占いましたが、そうでなければ私はただ一言、「当選金額はいくらですか?」とお客さんに聞くだけで正確な答えを知ることができたのです。占うまでもないことです。

お客さんとしては私のことをインチキ占い師だと決めつけないことには引き下がることもできないので、私が何度「占いは当てるものではない」というようなことを説明しても聞く耳を持ちません。当選金額を当てられなかったとしても、それで誰かに迷惑をかけたというわけでもなく、単に「占いが外れただけ」にすぎません。しかもこの時の占いは無料だったのです。お客さんに金銭的な損害を与えたわけでもありません。

真実は、占いは当たることもあれば外れることもある。それだけのことです。

そういう当たり前のことをわかってない人が多すぎますね。プロの占い師ですら「占いは当たらなければ意味がない」などと主張する人がいますが、それは占いというものを理解していない無能な占い師としか言いようがありません。当たる確率がどうのこうのと偉そうに言っている占い師は信用すべきではないでしょう。

じゃあ、占いって何?

何のために占うの?

そう疑問に思う人は、明日の天気のことを考えてみればいいでしょう。明日の天気は誰にもわかりません。科学的に予測はできるものの、それでも確実ではありません。この地球上において天気というものは明日にならなければわからないものなのです。そういう事柄について占ってみる。

天気予報では雨でも占いでは晴れると出ていれば、明日の予定をキャンセルせず期待して待ってみようと思うかもしれません。占いで雨だと出れば、てるてる坊主を軒下にぶら下げて晴れるように祈ってみようと思うかもしれません。明日のことだけれども、今から少しだけ考えて行動することができるようになります。占うことによって考え方の幅が広がったり、考えを整理できたりして、気持ちに余裕が生まれてくるのです。

明日のことは明日になるまでわかりません。占いは、あくまで占うのみ。当たるとは限りません。だから占い結果に出ているからといって明日の予定を変える必要もないのです。その結果をどう受け止め、どう明日に生かすかはその人次第です。

そうやって、「」をほんの少し心豊かに生きることができる知恵。それが占いだと思えばいいのではないでしょうか。

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2011年02月05日

哲学は矛盾だらけ?

哲学は矛盾だらけで納得できないというようなことを言う人がいました。

哲学というものには私も興味があって、小学生くらいの頃には将来は哲学者になるのが夢だったりしたほどなのですが、いまだに哲学というものが何なのかさっぱりわかりません。

哲学フィロソフィアというのは、語源的には「智を愛する」という意味だそうで、もともとは学問全般を指す言葉だったのだとか。今では人生とは何かとか、生きる意味は何かと問うような禅問答のような学問になっているかと思います。

哲学の何が矛盾しているのか私にもよくわからないのですが、そもそも物事には無数の側面があります。同じ物体でも見る角度によって全く異なる形に見えるように、哲学で追究する真理においても人それぞれ解釈が異なるわけで、矛盾していると思われる解釈が無数に存在するのは当然のことだと思います。

私のタロット占いも矛盾だらけです。一枚のカードをめくり、ある人には「イエス」の答えが、同じカードでも別の人には「ノー」となることはいくらでもあります。

時にそのような占い結果は「カードの意味と違うじゃないか」と批判の的となることもあります。解説書通りでなければ納得できないような人=矛盾を許容できない人からすれば、人によって占い結果が異なることは理解できないかもしれません。

人には人それぞれの価値観があり、人生観があります。それに合わせてカードの示す占い結果を解釈しなければ、決して正しい答えは導き出せないでしょう。占いもまた、哲学同様に矛盾だらけなのです。

私にとっては、占いという仕事は哲学だと言ってもいいでしょう。そういう意味では、私は子供の頃の夢を今でも追い求めているということなのかもしれませんね。その実現は、まだほど遠いような気はしますが。

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2011年01月22日

運命を切り開く念い

連絡が取れなくなってしまった恋人のことで悩んでいるという相談者。「いつごろ恋人から連絡が来ますか?」なんて占って、結果は十日後とか一か月後とか、まだまだ待たされそうな感じだったりします。

ところが、そういう相談でよくあることなのですが、占った翌日だとか、あるいは占いが終わった直後とかに「連絡が来ました!」とお知らせをいただくことがあります。まあ、占いは見事に外れることになるわけですが、本人にとっては喜ばしいことなので占い結果などもはやどうでもいいことですね。そういう意味での苦情は今まで受けたことはありません。

これは、私の占いが幸運を呼び込んだとか勘違いされそうですが、そういうわけではなくて、相談者自身が、「占いに頼ってでも何とか運命を切り開きたい」という強いおもいを抱いて行動した結果だと思います。

占いに開運の力があるのではなく、運命を切り開くのはあくまで本人の念いなのだということですね。

何もしないよりは、占いでもした方が運命は確実によくなると思うので、どんどん占いを活用してくださいね。

もちろん、占い結果が悪かったから不幸になったんだとか言われても、私は責任取りませんよ。

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2011年01月17日

魔術的プロセスを実現できる3D仮想空間における占い

3D仮想世界のセカンドライフで占いを受け付けている様子を録画した動画です。

地上にあるアポロ神殿でお客さんを待つ占い師と受付嬢の二人。そこへ一人のお客さんがやってきます。ご用件をお伺いして占いのお部屋へご案内します。占いのお部屋は上空に浮かぶ天空の宮殿の中にあります。

応接間のような占いのお部屋の中にはいくつかのソファが置かれ、受付嬢も一緒に座ってお客さんのお話を聞きます。占いはタロットカードを一枚めくる程度の簡単なものになります。

他のお客さんがいる場合にもここにあるソファに座って順番を待つわけですが、会話の内容はその場に居る人たち全員に聞こえるようになっています。占い師以外の人にも話を聞いてもらうことで、相談者自身も一歩引いたところから客観的な視点で自分の問題を見つめ直すことができるようになります。それまで視野が狭くなっていて見えなかったものが自然と見えるようになったりするのです。

一般的には占いは秘密厳守が常識ですが、ここでは特別な効果を狙って、あえてその常識を打ち破っています。(あくまで無料占いの場合であって、有料占いの場合には完全にプライバシーが保護された状態で行います。)

占いが終わると再び地上へテレポートして、お客さんをお見送りします。

「地上 → 天空の宮殿 → 地上」というプロセスは「日常 → 高次元の空間(霊界・神界等) → 日常」を意味しています。この魔術的ともいえるプロセスをきちんと経ることで、より高い占いの効果(神託)を得ることができ、かつ安全に日常生活に戻ることができるようになっています。

もしこのプロセスを怠ると、お客さんは気がふれたようになって正常な日常生活を送れなくなってしまうこともあります。これは非常に危険なことです。宗教などに埋没して身を滅ぼしてしまうような人たちが陥る罠です。

こういったケアがきちんとできるのは3Dの仮想空間のみの特徴であり、電話やチャットなどで占うサービスのほとんどでは不可能なことです。対面占いにおいても「地上に下りる」というイメージを十分に体感できる形で接客することは難しいでしょう。

そういう意味では、セカンドライフのような仮想世界の中で占うということは現実世界での占い以上の効果を期待できる可能性を秘めていると言えるかもしれません。

こういったことは有料の占いではなかなかできないことです。アポロのタロット占いでは無料占いが単なるお試しの占いではなく、有料占いではできないことを補う重要なサービスの一つと考えて真剣に取り組んでいます。

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2011年01月10日

会話ができない! 最悪の Second Life 占い体験

某カフェにて

昨夜のことですが、セカンドライフで占いをしている某占い師に占ってもらいました。しかし、あまりにひどい対応に占いどころではなく、まごまごしているうちに二時間もの長時間を費やしたにもかかわらず肝心の占いの内容についてはほとんど話ができず、ただただ「疲れた」としか言いようのない散々な結果でした。

セカンドライフとは3Dの仮想世界です。はたしてその中で行われる占いとはどのようなものなのか? そういったことを皆さんにお伝えして理解を深めてもらいたいという思いもあったのですが、今回の体験はとてもじゃありませんが、魅力的な占いのレポートとはならないでしょう。非常に残念です。

これはあくまで最悪の事例であって、3D仮想世界での占いの魅力を否定するものではないということは、あらかじめお断りしておきます。

何がひどかったって、まず何より「会話ができない」ということです。前日に予約をして準備の時間は十分にあったにもかかわらず、占い師の方のボイスチャットの設定ができておらず、そのために最初の三十分以上を費やすことになりました。結局、いくら時間をかけて設定を試みてもボイスチャットが使える状態にはならず、文字のみでチャットをすることになってしまいました。

しかし、文字でチャットをしたくても、その場所があまりに重くて私の低スペックなパソコンでは動作が遅くなり、文字の入力がほとんどできないような状況だったのです。とてもまともな会話ができる状態ではありませんでした。

ちょうどその時間帯には近所でイベントが行われていたらしく、そのせいで重くなっていたというのもあるでしょう。その上、そこがカフェという場所がらもあり、私たち以外にもお客さんが何人か集まってきていたのも負荷を高めていました。

重くなってボイスチャットができなくなったり、文字チャットに支障が出るということくらいは、普段からそこで仕事をしている人ならば事前に予測できる事態であったはずです。そういうことを想定して、占いをするときはもっと軽い場所へお客さんを連れて行くとか、何らかの対処法を考えておくのが占いなどのサービスを提供する側の義務ではないでしょうか。

ともかく、重いのは我慢してしぶしぶ文字で会話を始めたのですが、いきなり「相談内容をお書きください」と事務的な会話になり、どうにもやりづらいというか、生の人間と会話をしているような感じではありませんでした。私としては、初めてここへ来て何も知らずに戸惑っていたわけで、占いの前にいろいろと話も聞いておきたかったのですが、もはやそういう余裕はほとんどありませんでした。ほんのひとこと発言するだけでも時間がかかりすぎてタイミングが合わなかったりしてまともに会話ができないのです。

とにかく文字の入力という作業に精いっぱいで、占いに集中するどころではありません。冗談を言って和む余裕すらありません。周囲には何人かの常連と思われる人たちが集まっていたにもかかわらず、ほとんど一言もしゃべらず、じっとこちらの様子を見ているだけで、それもまた不気味でした。せっかくその場にいて聞いているのなら、せめて相槌あいづちを打つなりツッコミを入れるなりして多少なりとも会話に参加してもらいたかったですね。周囲のあまりに冷ややかな態度にますます気分が悪くなりました。まるで敵地アウェイで戦うスポーツ選手のような心境です。

私の相談内容は大したことではなかったので赤の他人に聞かれても問題はなかったのですが、本来であれば、占いの相談内容はプライバシーにかかわるものが多かったりするので、こういう場所で占いをすることは事前に相談者の承諾を得ておくべきだとも思うのですが、そういった気遣いは一切ありませんでした。

こんな場所で安心して、落ち着いて会話などできるはずもありません。どうにかこうにか占いをしてもらうことはできましたが、占い結果については何を言われたのかよくわかりませんでした。聞き返したくてもまともに発言できないのですから、どうにもなりません。最後にはあきらめました。言葉を失い、「ありがとうございました」とだけ言って帰ることにしました。

一応有料の占いで、五〇リンデンドル以上との提示をされましたが、この程度の占いでよくも恥ずかしげもなく料金を請求できるものだとあきれました。私は頭にきたので、一〇〇〇リンデンドルを叩きつけるように支払って出てきました。お金をもらって占いをするということはどういうことなのか、その一〇〇〇リンデンドルで理解してもらいたかったのです。五〇リンデンドル程度では占い師自身が真剣に占いという仕事に向き合うことができず、こういういい加減な態度でお客さんに接してしまうことになるのではないでしょうか。

帰りはお見送りすらありません。寂しく自分のホームにテレポートするのみでした。

その占い師は最後に言い訳のように「占いという物は、もっと気軽に誰でも楽しめるものだということを伝えたい」言っていましたが、これほどひどい占いをしておきながら、何をいまさらとあきれました。ここで行われた占いがどれだけ相談者に負担をかけたことか! とても「気軽に」とは言えない物であったことを何一つ自覚していないような発言です。本当に気軽に楽しめる物だと伝えたかったのなら、もっと相談者の立場に立ってものを考えるべきではかなったか! 自分たちさえ楽しければそれでいいとか勘違いしてないか! そんなことだから、いつまでたっても世間に理解されないのだ! と、そんな思いでいっぱいになりました。

本当に悔しくて、悔しくて、涙が出そうなくらい落ち込みましたが、ホームに帰るとそこにはすでにお客さんが待っていたので、気持ちを切り替えて自分の仕事に向き合うしかありませんでした。

「お待たせしてすみません。」

「アポロさん、まだ正月気分が抜けきってないね〜。」

正月気分のアポロ

うちのお客は気楽なもんだ……。

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posted by アポロ at 20:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 占い・オカルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする