2011年10月06日

友達と恋人の境界線

恋人

 友達として付き合っている異性との関係で、なかなか恋人という関係に進展せずに悩んでいる人も多いと思いますが、そういう人たちの多くは友達と恋人の違いがよくわかっていないのだと思います。友達から恋人へ移行する境界線はどこにあるかと聞いても答えられない人がほとんどではないでしょうか。

 もちろん、厳密な境界線なんてものはないし、仮にその境界線を引くことができるとしても、その基準は人それぞれ異なります。それでも、どうなれば恋人と言えるのかという自分なりの基準はある程度はっきりしていなければ、いくら恋人になりたいと願ったとしてもその願望の実現は遠いでしょう。

 週に何度も二人きりで食事をしているような関係なら、それだけでも十分恋人同士だと思える人もいれば、それだけではまだ友達でしかないと思う人もいるでしょう。キスをしたけどそんなのはあいさつ程度のことで恋人とは思えない人もいれば、手を握って街を歩いただけでも恋人だと思える人もいます。ホテルに行って裸で抱き合ったとしても、それはただの遊びで恋ではないと思う人もいるでしょう。

 では、その基準は人それぞれとはいえ、いったい何を基準に友達と恋人の境界線を引いたらいいのでしょう?

 お互いにはっきりと「恋人」であることを認め合うことができればそれでよいと思いますが、その境界線付近をうろついている間は、なかなかお互いに認め合うということは難しいと思います。どんなに相性が良い相手であっても、その相手は自分とは異なる人間なのですから、価値観が異なるのも当然のことです。はっきりと認め合うことができるようになるのは境界線を越えてからしばらくしてからでないと難しいでしょう。

 友達と恋人の境界線……それは、どれだけお互いの間に甘えやわがままが許されるかによって決まるのだと思います。それは、ただの知り合いと友達、あるいは親友といった人間関係の違いにおいても同様です。その違いは、おおざっぱに言ってしまえば「親密度」の違いです。

 最も親密度の低い段階では相手は「他人」ですが、そこでは甘えやわがままは一切許されません。他人とはいえ同じ人間社会の中で生活している限り、相手の存在は最大限に尊重しなければならず、礼儀とかマナー、社会的なルールなどにのっとった上で相手と関わることになります。勘違いしている人もいるかもしれませんが、「他人」というのはないがしろにしてよい存在ではありません。むしろ、他人だからこそ「最も気をつかわなければならない存在」であり、人間関係の上では一番めんどくさい存在と言えるでしょう。人間というのは、そういう社会の中で生きているわけで、これは大前提とも言えます。

 そこから多少親密度が高まると「知り合い(知人)」となり、その知り合いのうちで、より親密度が高い人たちのことを「友だち(友人)」と呼ぶわけですね。さらに親密度が高まると「親友」になります。

 この過程で何が変わってくるかというと、先ほども書いたように「甘えやわがまま」が許される度合いです。「他人」の場合と比べると、多少の礼儀やマナーを欠くことは許されるようになるし、重視されるのは社会的ルールではなく、お互いの間にあるプライベートなルールだったりします。

 そして、最大限に許しあえる関係が「親友」であると言ってもいいでしょう。他人の場合とは逆に、親友は「最も気を遣わなくてもよい存在」であり、最も楽な存在と言えるわけです。

 例えば、世の中のことで何か不平や不満があって愚痴を言いたいと思うこともあるかと思いますが、そういう愚痴は他人やただの知り合いに言うべきことではありません。彼らはあなたの愚痴を受け止めてはくれないでしょうし、そればかりか、迷惑だと思うことでしょう。その「迷惑だ」と思う感情によって、確実に人間関係は悪化し、社会生活に支障をきたすようになるでしょう。友人と言えるレベルの相手に対しても出来る限り愚痴は言わない方がよいでしょう。

 愚痴を言うのは親友と言えるような相手にしておくべきです。愚痴さえも許して聞いてくれる相手こそ親友です。つまり、ネガティブな感情をぶつけられるのは親友だけということになるでしょう。そういうともを持つ人は幸せですね。もちろん、親しき仲にも礼儀ありですから、いくら親友とはいえ限界はあります。許されないこともあるので気をつけましょう。

 さて、肝心の「恋人」ですが、その親密度で測るならどのあたりに位置する人間関係なのでしょう?

親密度と人間関係.gif

 親密度だけで言うなら、恋人のそれは親友と同等かそれ以上ということになると思います。しかし、すべてを許しあえるかというと、そうではないことが多いのではないでしょうか。

 最大限に許しあえる関係が親友ならば、その限界を超えてしまうと逆に許しあえなくなってくる。社会的ルールではなく、二人の間だけの完全にプライベートな世界のルールに縛られるようになってくる。他人の場合とは別の意味で気を遣う必要が出てくる。それが、恋人という存在なのかもしれません。恋人という存在は他人と同様に、実にめんどくさい存在なのです。

 その「めんどくさい関係」を乗り越えて付き合ってゆくためにはお互いに忍耐や努力が必要です。だから恋人との関係には「辛い」と思うことがたくさんあるわけですね。

 なかなか友達という関係から恋人へと進展させることができない人たちは、忍耐とか努力といったものが苦手で、そこから逃げてしまっているのかもしれません。友達という関係の方が楽なので、いつまでもそのままでいたいと心のどこかで思っているのかもしれません。

 もちろん、恋人とのお付き合いは楽しいものだし、人生で最も幸せだと思える瞬間でもあるでしょう。しかし、その快楽に身を任せ、欲望のままに行動してしまうと、待ち受けている様々な制限や苦痛に「そんなはずではなかった」と後悔をすることになるわけです。

 恋人と付き合うということは自由を手放すということでもあります。また、甘えやわがままは親友以上に許されるかもしれませんが、同じくらい相手の甘えやわがままも受け止めなければならないということも忘れてはなりません。それができない人は恋人の境界線を越えることができないのです。

 多くの恋人たちが陥る過ちは、自分は甘えるだけ甘えておきながら、相手の甘えやわがままを許すことを忘れてしまっているということです。恋人というのは、自分の都合のいいように使える便利な道具ではありません。相手も自分と同じ人間だということを忘れてはなりません。

 自分が幸せだと思えるならば、相手も同じだけ幸せでいられる関係を築いて欲しいと思います。

 真に恋人と言える関係は、自分の快楽に溺れることではなく、何より相手に対する「思いやりの深さ」で決まるのではないでしょうか。

 恋人に愛されることだけを夢見るのではなく、どれだけ相手を愛せるか、相手にどれだけのことをしてあげられるのか、そういうことを第一に考えられる人は、幸せな恋をすることができるでしょう。

.

posted by アポロ at 19:29 | Comment(1) | TrackBack(0) | スピリチュアル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今日はどうもありがとうございました。

あとでこのブログを見つけました。
占いはしてもらわかなったけれど、深いお話がすごくためになりました。
こちらのブログにアポロさんのお考えがいろいろ書かれているんですね。
深い考察だと思います。

占いには自分の在り方が、繁栄している、自分が変わらないと彼とまた友達に戻れたとしてもその先はないですよね。友達関係というのは「腹黒い」といわれましたが、やっぱり最初は友達からじゃないでしょうか。彼と私は甘えを許し合える関係でなくて終わってしまったので、やっぱり最初から本来の恋人レベルまで到達していなかったんでしょうね。

今日は長い恋愛相談になってしまいましたが、ありがとうございました。
Posted by Swing5 at 2011年11月26日 17:59
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック