2020年04月27日

この世界はとても清く美しい

この世界はとても清く、美しい。

清々しい空気を呼吸し、手で触って感触を確かめれば、自分もこの世界に生きていると実感できます。

今は多くの人がすっかり忘れていると思いますが、世界は汚れてなどいないということを思い出しましょう。

たんぽぽの綿毛


.

タグ:生命
posted by アポロ at 20:41 | Comment(0) | ハミング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年01月18日

幸せとは心で感じるもの

本

占いが人を幸せにするわけではありません。

幸せだと感じられるかどうかは本人の気持ち次第です。

幸せに向かって努力した人ならだれでも幸せは感じられるでしょう。

努力しても何も変えられない時もありますが、それでも幸せを感じることならできます。

勘違いしがちなのは、幸せとは(状況や自分自身が)「なるもの」ではないということです。あるいは努力して「手に入れることができるもの」でもありません。

幸せとは、心で感じるものなのです。

だから状況が何も変わっていなくても、今この瞬間にあなた自身が「幸せだ」と感じるなら、あなたは既に幸せなのです。

カップの9


.

posted by アポロ at 18:28 | Comment(0) | スピリチュアル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年01月03日

子年のタロットカードは「XV 悪魔」

あけましておめでとうございます。

本年もアポロのタロット占いをよろしくお願いします。

タロットカード: 悪魔

二〇二〇年の干支(十二支)は子年ねずみどしです。「十二支とタロットカード(タロット占い講座)」によると子年に対応するタロットカードは「XV 悪魔」になります。

個人別の一年のタロットカード(イヤーカード)は「ライフタイム・イヤーカード・グラフ(タロット占い講座)」を参考に自分で調べてみてください。

十二支のカードやイヤーカードをイメージしながら今年一年の目標を立てたりしてみるといいと思います。


.

posted by アポロ at 20:10 | Comment(0) | 占い講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年11月18日

流し台の隅に巣を張るクモ

20191118.jpg

キッチンの水道の左側、流し台の隅の辺りに巣を作る小さなクモが一匹います。

私はそこで顔を洗ったり歯を磨いたりもするのですが、朝起きて歯を磨こうとすると必ずそのクモの姿を目にします。他の場所ではほとんどクモを見かけないので、そのクモはわざわざ私の目につく所に、まるで自分の存在をアピールするかのようにその場所に巣を張っているのです。

その場所は私が蛍光灯を点けない限りはほとんど光の入らない真っ暗な場所です。クモが獲物を待ち受ける場所としてはあまり適していないようにも思えます。普通なら獲物は光に引き寄せられてクモの巣にかかったりするのでしょう。実際、そのクモの巣に獲物がかかっているところはほとんど見たことがありません。

ところでそのクモ、実は最初はとても小さかったのです。餌もなく少しも大きくならないなと思って毎日見ていたのですが、ある日突然、一回り大きくなっていたのです。

クモというのは何も食べなくても成長するものなのでしょうか? いや、そんなことはないでしょう。私がその時思ったのは、別の場所から体の大きいクモがやってきて小さなクモを食べてしまったのではないかということです。

毎日けなげに獲物を待ち続ける小さなクモに愛着も湧いていたので、突然大きなクモに乗っ取られてしまったと思うと、最初はその大きなクモにちょっと嫌悪感も抱いていました。でも、そのクモもまた毎日同じ場所で獲物を待ち続けている姿を見ているといつの間にか心を許してしまっていました。

食べられてしまったのかもしれない。でもまあ、食べられることでその小さなクモの命は大きなクモの命の中で生きている。そうやって命をつないだにすぎない。何となく、そう思うことで許せるようになったのかもしれません。

あるいは、もともとの小さなクモが本当に成長して大きくなっただけなのかもしれませんが……

どちらなのかは、真相はわかりませんけどね。

今ではそのクモに話しかけるくらいに打ち解けています。

その場所は光が届かないうえに、私が顔を洗ったり洗い物をしたりするときには常に水しぶきが飛んでくる危険な場所です。卵をゆでた熱湯を捨てたりするときには熱い水蒸気や水滴が飛んできて大火傷する可能性もあります。小さなクモにとっては致命傷になりかねません。

私もできるだけ水しぶきを飛ばさないように気を使いながら洗い物をしたりしていますが、それでもある程度は毎回飛んでくるはずです。

そんな危険な場所であるにもかかわらず、そのクモは決して巣の場所を変えようとはせず、もう何週間もそこに居座り続けているのです。

たまに指で突っついてちょっかいを出すこともあるのですが、そんなことはお構いなしです。なかなか神経が図太いものですね。

普通ならそんなところにクモが巣を張れば、人間の手によってすぐに追い払われてしまいます。しかしそのクモは、私がそういうことをしない人間だということを見透かしているかのようです。

私がそのクモを追い払わないのはペットとして飼っているというわけではありません。どちらかといえば共生をしているような感じです。クモがそこで獲物を捕らえてくれることで、私からすれば害虫を駆除してもらってることになるわけですからね。部屋の中にクモが巣を張ることは歓迎しています。

しかしそのクモは害虫駆除と言えるほどには獲物を捕らえていないようにも思えます。ちょっと頼りないですね。

それにしても、なんでこんな場所にいつまでも巣を張り続けるのか。まるで毎日私の様子を観察するためにそこに居るのではないかとさえ思えてきます。私がクモを観察するのではなく、クモが私を観察しているのではないかと。もしかしたら、クモ目線では私の方がペットの様に飼われている存在なのかもしれません。

今朝、ふと見ると流し台に置いた三角コーナーのそばに下りてきているクモの姿がありました。三角コーナーの中にはまだ捨ててない生ごみが少し貯まっていました。三角コーナーや流し台の中に落ちてしまうと危険なので指でつついていつもの巣の方に戻してやりましたが、もしかしてクモがここに巣を作るのはこれが理由なのかと思いました。

つまり、生ごみの匂いに釣られて飛んでくる小さな虫を狙ってこの場所に巣を作っているのではないかと。そう考えると、この場所はクモにとっては特等席ということになるのかもしれません。それ以外にこの場所にわざわざ巣を作る理由など思いつきません。

まあ、クモの考えていることはいつもわかりませんが、季節も寒くなってきて虫などほとんど飛ばなくなってきます。そろそろ店じまいして冬の準備をするときなんじゃないの? そんな風に声を出して話しかけたりもしています。

独り身の私が誰もいない部屋の中でクモに向かってしゃべっている様子は滑稽でしょうね。

今の時期、まだ屋外であれば陽が射して暖かくなった時はクモの餌にぴったりの小さな虫がたくさん飛んでいるのでどこに巣を張っても入れ食い状態だとは思いますが、私の部屋の中ではそれも期待できません。

どっかから虫を捕まえてきて餌として与えてあげようかとも思いましたが、それはやめました。クモにはクモの考えがある。それを尊重することにしました。

人間のように毎日ご飯を食べなければ生きていけないなんてこともないでしょうが、いつまでも断食を続けていたら弱ってしまうでしょうに。ひもじい思いをしているかもしれないと同情でこちらも少し辛くなります。

しかし、毎日見ているとなぜか少しずつ大きくなっているようにも思えます。仙人のように霞でも食べているのかしらねぇ。


.

posted by アポロ at 16:45 | Comment(0) | 漫録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年09月20日

Kind to Animals Week(動物愛護週間)

今日から動物愛護週間だそうです。

動物を愛護するということは、動物を可愛がるということですよね。つまり「ペットを飼いましょう」みたいなことを触れ回る一週間ということでしょうか。

でも、そういう「人間の趣味」を推奨する(押し付ける)運動ってどうなんでしょう?

動物愛護って人間側の立場でしか考えてなくて、動物にとっては迷惑極まりない危険思想だと思うんですよ。

だって、動物って本来は野生で自由にのびのびと生きていることが一番幸せであるはずなのに、人間の都合で勝手に家畜や奴隷(ペット)として、あるいは動物園の見世物として飼われているんですよ。それを愛護だなんてあまりにも都合よすぎやしませんか?

自分が動物になったと想像して、動物の立場で考えてみてください。

生まれてすぐに家族から引き離され、死ぬまで自分とは異なる種の生物(巨人とか悪魔とか)のそばでただ生かされるだけの人生を送ることになるのですよ。動物園の動物は見世物小屋で辱めを受ける人間のようなものです。

タロットカード: 悪魔

食べたいものを食べることもできず、スマホで友達とつながることもできません。

恋もできず ナニ もできず、お年頃になると強制的に去勢(性転換手術的なこと)までされてしまう。トランスジェンダーだのなんだのとわがままが言えるような自分の自由など何一つありません。

「愛護される」ということはそういうことですか?

私は動物が好きです。好きだからこそ、彼らの尊厳を守ってあげたいと思います。それは決して、ペット(愛玩動物)として飼うことではないと思うのです。


.

posted by アポロ at 14:37 | Comment(0) | 漫録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする